2005/06/08

【レンゲ】

ラーメンを食べる時に使用される匙のこと。
元々は中華料理の食事の席で供される匙。
その形状が散った蓮華(蓮の花)に似ていることから
「散り蓮華」と呼ばれていたものが短縮されて
「蓮華=レンゲ」と呼ばれるようになった。

ラーメン店で使われているレンゲには
主に陶製とメラミン樹脂製がある。
客の求める保温性、使用感では陶製に分があり
店の求める扱い安さ、耐久性ではメラミン製に軍配が挙がる。
千葉県内のあるラーメン店では、開店当初メラミン製を使用していたが
客からの要望によって陶製のレンゲを置くようにしたという店もあり
現在その店では客が自由に陶製とメラミン製のレンゲを選択出来る。

また一部少数派ではあるが、特に和風ラーメンを提供する店などでは
木製のレンゲを使用しているところもある。
陶製とはまた違った趣がある使用感があるが
スープが染み込むなどのマイナスファクターがあり
陶製やメラミン製のレンゲよりも耐用年数は短い。

レンゲの使用範囲はあくまでもスープのみであって
レンゲに麺を取って食べる食べ方は邪道とされる。
スープを飲む時にレンゲを使用するのは構わないが
時にはレンゲを使用せず、丼から直接飲むことも薦める。
明らかにレンゲで飲む時と味が違って感じるから面白いものだ。

話は変わるが、炒飯を食べる時はレンゲに限る。
落ち着いて考えれば、肉厚のレンゲを使用するよりも
遙かにスプーンの方が食べやすく機能的なはずだ。
しかし炒飯はレンゲと相場は決まっている。
これは中国四千年で培われてきた歴史であり、守るべきルールなのだ。

ちなみに、雑誌の取材時にラーメン店主や読者モデルなどに
レンゲを手渡して「何かポーズ取ってください」と頼むと
かなりの確率で取るポーズは「視力検査」である。

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2005/05/11

【割り箸】

ラーメンを食べるときに使う道具のこと。
杉や竹などを材料とし、半分ほどの所まで割れ目が入れてあり、
使用するときに割って二本にすることから「割り箸」という。

古くは江戸時代に鰻屋で出された「引裂箸」がルーツと言われ
明治時代には吉野杉で酒樽を作る際に生じる余材を使った「割り箸」が誕生した。
言うまでもなく、日本オリジナルの箸である。

この使用するときに割る、という割り箸特有の動作こそ
それまで誰も使っていない、未使用であることの証しであり
同時に今から食事を始める、という契機ともなる。

一言で割り箸、といってもその種類は様々で、
形状一つとってみても、多くの形状が存在する。
立ち食い蕎麦などで見られるただ割れ目を入れただけの「丁六」。
角の部分に削りを入れて、使いやすくした「小判」。
2本の箸の角に削りを入れて、より滑らかに仕上げた「元禄」。
持ち手側の頭に斜めの加工を施し、先端部に削りを入れた「天削」。
そして、持ち手中央部にエンタシスを思わせる膨らみを施した「利休」など
加工の仕方一つで使い勝手などもずいぶんと異なる。
ラーメンに主に使われるのは「丁六」「小判」「元禄」あたりだろうか。

割り箸が苦手な人、いませんか?
必ずといっていいほど、2つに均一に割れない。
呪われているかのごとく、均一にならない。
それだけならまだしも、箸の半分くらいから割れてしまい
明らかに長さの違う箸を使う羽目となる。
使いづらいのなら、新しい割り箸を使えばいいのだが
その形状に割ってしまったのが自分、という負い目があり
新しい箸を使うことが憚られる。

あるいは、たくさん箸差しに刺さっている割り箸を
スッと手に取ったら、既に割れていたりする。

もしくは箸を割ったら、棘が毛羽立ってしまって
それを取る為に箸と箸を使いシャシャッと削るのは
お里が知れる、などと妙なプライドが邪魔をして、
なるべくその部分を持たないように使っているのに
気がつけば指に箸の棘が刺さってしまう。

そんな人いませんか?


それは私です(^^;

かの林家木久蔵師匠は、ラーメン店を中国に出店する時に
故田中角栄氏に力添えを貰おうと、角さんを前にこう言った。

「ラーメンの割り箸は日中友好の架け橋です。
 割ると2本(日本)、折るとペキン(北京)」

山田君、もとい松崎真っ、座布団1枚っ!

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2005/03/09

【丼】

ラーメンを入れる器のこと。

ラーメンは中華料理ではなく日本料理である。
これはラーメン好きならば、誰もが疑わないところだと思うが
私が「ラーメンは日本料理である」と断言する根拠の一つに
この丼がある。

例えば青磁の丼がある。
家系などでよく使われるように濃度の濃い
透明度の低いスープによく似合う。
しかし透明度の高い塩ラーメンなどを入れると
地の色が出てきてしまって、せっかくのスープが
美味しくなさそうに見えてしまう。
逆に波唐草の丼に入っている豚骨醤油などは興ざめしてしまう。
しかし白磁の丼の場合はベースが白だけに
無難にどんなラーメンにも合いそうである。

自分のお気に入りのラーメンを思い出して欲しい。
出来れば全く違った2杯を。
その丼を入れ替えてみて欲しい。
なんだか途端に美味しくなさそうに感じないだろうか。
感じるよねぇ?
例えば、四天王を例に取ってしまうけれども
湯麺を末広家の丼に入れてみてください。
あるいは赤皿ぶっちぎりを必勝軒の丼で作ってみよう。

(;_;)

つまりラーメン店を開くとなって、丼を決める時
作り手はそのラーメンとのバランスまで考えて
ラーメンを入れる丼の素材、色、形を吟味する。
ラーメンという料理を考える上で、丼にまで気を使う。
この考え方は日本料理のそれと同じではないか。
(ちょっと強引かな)

丼は瀬戸物ばかりではない。
メラミンのような合成樹脂モノも存在する。
いわゆるプラスチックの類である。
軽くて割れにくいことから扱いやすくある反面
どこかチープな印象を受けなくもない。
しかしイレブンフーズ@新馬場の丼はプラスチックだが
これが陶器だったらどうだろう。
多分美味しさ半減なんだろうなぁ。

支那そばやの佐野氏は自ら丼も作るという。
大文字では伊万里などの高価な丼を使っている。
私の好きな京都の老舗「たち吉」ではラーメン丼も作っている。
ラーメンにおける丼を侮ってはいけないのである。


全くラーメンとは関係ないが
私は鰻重よりも鰻丼、天重よりも天丼派である。

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2005/01/11

【なると】

ラーメンの具の一つ。「なると巻き」のこと。
白身魚などを原料とする練り製品。
静岡県特産の蒸し蒲鉾の一種で、
焼津市が圧倒的な生産高を誇る。

かつてはラーメンの具といえば「なると」が定番だったが
ラーメンブームの頃には「幻の具」と呼ばれるようになっていた。

その使用用途は味覚上というよりも視覚的要素が大きく
そのことになると自体がどこか後ろめたささえも感じている。

例えば現在でもなるとを使用しているラーメン店に
その具としての採用理由を尋ねれば、
とりあえず苦笑いを浮かべ「いや、見栄えがね…」などと答え
「彩りっていうかさぁ…」などと味について言及することを避け
誰もなぜか語尾が曖昧になる。

その他の理由としては
「師匠の店も乗せているから…」
「ラーメンといえばなるとでしょ?」
「ただなんとなく」
「なんでだっていいだろっ!」などとしまいには怒られる。
ラーメンになるとを乗せる理由を聞くと
人は決まって平常心ではいられなくなるのだ。

このことからも分かるように、
具は本来味を構成するために存在するのだが
なるとに関しては、味というものに期待されての要請ではない。
決して「うまいから」「味のアクセントとして」などという
味覚上の理由で乗せている店は皆無に等しいことが、なるとの不幸だ。

しかし、いくら幻の具になろうとも
ラーメンのシンボルとしての存在意義は明白である。

雑誌やラーメン本を手がけるデザイナーは
ページ上に嬉々として「なると」を楽しそうに並べ、
ラーメンの絵を子供に描かせれば
ニコニコしながら「なると」を描く。
試しに手元の紙になるとを描いてみて欲しい。
きっと楽しい、ワクワクした、子供に戻った気分になるはずだ。

「必勝軒」(津田沼)では、子供へのサービスとして
なるとをたっぷりと子供用の丼に並べ、人気を呼んでいる。
そう、子供はなるとが好きなのだ。

これほどまでに人々の意識下では愛されていながら
味を期待されていない悲しい食材なると。
ラーメンに乗せてスープと一緒に食べるくらいなら
ワサビ醤油でそのまま食べた方が遥かにうまいなると。
この不幸を救ってやることは出来ないか。

しかし、驚くなかれ「拉通」(稲毛海岸)では
常連の中には「なると増し」をオーダーする人もいるほど
超人気の具がなるとなのである。
その秘密は油。
油を使うことでなるとの味が劇的に広がる。
拉通ではなるとを一度油で素揚げすることで
魚介の風味を引き出すことに成功した。
拉通ではなるともどこか誇らしげに微笑んでいる。

どっちが表か裏か、という問題については
平仮名の「の」の字に模様がなってる方が表。
当然「の」の字に見える方が上、ということでいいだろう。
といいながら、時々自分の連載のラーメン写真で
「の」の字が裏になってたりすると軽く凹む。

私がかなり好きな番組「中井正広のブラックバラエティ」では
石原良純氏が「なると大使」として啓蒙活動に勤しまれている。

ちなみに探偵団のアイドル「なるとちゃん」は
現在音信不通である。

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