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2005/09/24

寺子屋の責任

ーめん寺子屋がスタートして早3年。
松戸市空き店舗対策事業として始まった
らーめん寺子屋プロジェクト。
当初の我々の思惑としては、ラーメン屋さんを養成して
シャッター通りと揶揄された五香さくら通り商店会に
市などの援助の元で好条件で出店をしてもらうことで
お店も出しやすく、かつ商店会をラーメン通りにする、
といったような野望を持って始めたプロジェクトでした。

しかし、まぁそうこちらの思う通り運ぶわけがなく、
卒業していく方たちは皆自分の地元でお店をオープンします。
当たり前といえば当たり前ですよね(^^;
ただ、そんなことをやっている商店会だということで
テレビなどのマスコミには注目をされたようで、
その結果、寺子屋事業を始めてからというもの
他業種ではありますが、さくら通りに店を構えたいと
色々なお店がオープンするようになって
空き店舗が減っているというのだから、ま、結果オーライです(笑)

それから3年、9期の生徒さんを送り出して
一旦終了したプロジェクトではありましたが
各方面からの要請もあって、13湯麺の私塾として
新たなスタートを切っています。
現在は再スタート2期生、通算11期生の5名が
日々自分だけのラーメン作りを頑張っています。

一応講師として関わった皆さんのお店に
顔を出すのは当然の責務だろうと考えています。
とはいいながらも、現在全国に散らばっている卒業生。
すべての店を回るのはなかなか難しいです。
せめて県内、近県のお店には行きたいなと思っていますが
何せ3ヶ月ごとに何人もの方が卒業していきますので
なかなか行けずにいる店が数多く残っています。
「中島(2期生)@館山」「麺倶楽部(3期生)@我孫子」
「啓(4期生)@我孫子」「きっせい(5期生)@銚子」
「ろく(6期生)@野田」などのお店もまだ行けていません。
そして5期生篠崎さんが営む、新松戸「合氣」もそんなお店でした。
ようやく行くことが出来たのがこの9月も終わりの頃でした。

aiki1馬橋から新松戸を通り流山へ抜ける
ゆりの木通りはラーメン激戦区と言われます。
「角ふじ」「むつみ屋」「揚州商人」をはじめ
寺子屋6期生松原さんの営む「だいろく」もあります。
一本裏に入れば「ひがし」や「五本木」なども。
確かに人気実力のあるラーメン店が数多い通りですが
それもせいぜい新松戸のダイエーがある交差点まで。
そこから先になるとラーメン店はもちろん、
店そのものが少なくなります。
篠崎さんの「合氣」はそんな外れの路地裏にありました。

店の前には駐車スペースも確保されていますが
そのほとんどが車で埋まっていました。
L字カウンターの店内を見てもそれなりの着席率です。
ガラス張りの製麺室は自家製麺の証です。
基本の「合氣ラーメン」を券売機で買って
しばらく振りのご無礼を詫びて席に着きました。
非常にていねいな仕事ぶりを拝見しながら
ラーメンの出来上がるのを待つ時間は楽しいですよね。
そしてまたその仕事ぶりが非常に手際よくキビキビしていて
ラーメンの出来映えを期待させる仕事ぶりなのです。

aiki2出てきたラーメンは透明感のある醤油スープに、
細く綺麗な自家製手揉み縮れ麺が泳いでいます。
スープはいわゆる寺子屋系ではよく見られる
丸鶏ベースのあっさりスープなのですが
油分も適度にたくわえ、カエシの味わいも前に出ていて、
しっかりした旨味を持ったスープになっています。
具は肉厚のバラロールチャーシューが2枚に
ホウレンソウ、メンマ、ネギ、なるととシンプル。
自家製麺は見た目よりもコシがあって食感が力強い麺。
師匠の13湯麺の麺などよりもはるかに弾力を持っていて
細麺でありながら太麺のような存在感のある麺です。

なかなか来れなかった非礼をお詫びして
食後ご主人と色々とお話をしていたところ、
今月いっぱいでお店を閉めることにしたと伺いました。
なんでもっと早く来れなかったのか、と自分を悔いる気持ちと、
閉まる前に来れて良かったと思う気持ちが交錯し、
非常に複雑な想いを抱きました。

これは寺子屋出身者に限らずラーメン業界全体での話ですし
どんな業界でも少なからずあることではありますが
やはり志半ばにして店をたたんだりすることがよくあります。
立場上これまでも多くのお店から相談を受けたりしましたが
これだけ多くのラーメン屋さんが日々オープンする陰で
同じように多くのラーメン屋さんが店をたたんでいます。

今回の「合氣」がなぜ閉店したのか。
色々な事情が重なって閉店という決断が成されるわけで
それを一度来ただけの私が語ることは到底出来ませんが
定期的にお店に足を運んでラーメンを食べて
話を聞いたり、相談を受けたりしていれば
もしかしたら改善出来る部分があったのではないか。
そんな風に考えてしまいました。

「らーめん寺子屋」のコンセプト、守備範囲は
あくまでも3ヶ月でラーメンを作れるようにして
お店を立ち上げられるようにするところまでです。
寺子屋はFCでも何でもありませんので
看板料も一切取らず、材料を卸すこともなく
あとは自分の責任で頑張っていただくのが寺子屋流です。
そのためには5年は歯を食いしばれ、というのが
塾長の松井さんのモットーでもあります。

しかし、最近になって思うのです。
ここまで多くの卒業生を輩出するようになって
立ち上げた時よりも寺子屋の責任は重くなっているのではないか。
無論、最初から責任を持って運営をしてきたつもりですが
その範疇が果たしてお店を立ち上げるまででいいのだろうか、と。

寺子屋卒業生同士の情報交換会などもいいでしょうし
私なり松井さんなりが定期的に店を回るのもいいでしょう。
どういった形がいいのかは分かりませんが
アフターケアというか、そういうモノが今
らーめん寺子屋には必要ではないかと感じています。

もちろん業界初の画期的なラーメン店養成塾である
「らーめん寺子屋」としてやらなければならないという
責任感、義務感という部分もありますが
あんなに美味しいラーメンを出していた
篠崎さんの「合氣」が閉店することに直面して
単純に寺子屋から巣立った方たちが心を込めて作った
美味しい一杯のラーメンを失くしたくない、
そんな思いをあらためて強くしました。

【合氣@新松戸レポ(閉店)】
【らーめん寺子屋HP】

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