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2005/02/03

第2話「未知の道具」

スカレーターを2階に上がると
そこは数々のラーメン店が並ぶ、
ススキノの「ラーメン横丁」のような場所だった。
「ここにあるんだよね、おいしいラーメン」
女はこれまでに男に見せたことのない笑顔で遠くを見つめる。

………

「ここにあるんだよね、おいしいラーメン」
小学生の頃、友人がショッピングセンターのラーメン店を指さした。
そこにはソフトクリームの電飾看板が置かれていた。
天麩羅を扱っている鰻店に旨い店はない。
すでに小学生の時に父親にそう教えられていた男にとって、
ソフトクリームを扱っているラーメン店は許容出来るものではなかった。

「お腹空いたしさ、食べていこうよ」
ー山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。
意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。ー
すでに小学生の時に父親に夏目漱石を読まされていた男にとって、
その申し出を受け入れる度量も拒む余裕もなかった。

男にとってラーメンとは何もない時に家で母が作る
おやつとしてのポジションでしかなかった。
たっぷりの野菜とひき肉を炒めた味噌ラーメン。
お金を払って外で食べる食事としては認識していなかった。
人生で初めてラーメン店に入る瞬間。
それは少年を大人に変えた瞬間なのか。

友人は慣れた様子でラーメンを注文し、
男もそれに同調した。
そして目の前にラーメンが出てきた。
その時男の目はあるものに釘付けになった。
rfolk「これはなんだ?」
ラーメンは箸と蓮華で食べるものだろう。
これはフォークなのか?いや違う、スプーンなのか?

友人は慣れた様子でその未知の道具を使いこなす。
箸を上手に使えないことは恥である。
すでに小学生の時に父親にそう教えられていた男にとって、
この未知の道具に手を伸ばすことには
少しの勇気とある一定の観察が必要だった。

先端のフォーク部分で器用に麺を拾い上げ、
深みのあるスプーン部分でスープを飲む。
これはラーメンを食べるために開発された道具なのだ。
男はおそるおそるその道具を使ってラーメンを食べてみた。

結構いけるじゃないか。

何事も経験してから物を言え。
すでに小学生の時に父親にそう教えられていたはずの男は、
この時その言葉の意味を体感したのであった。

………

「ねぇ、どうしたの?早く入ろうよ!」
女がくったくのない笑顔で男を見つめている。
そうだ、何事も経験してから物を言わなければ。
男は作り笑顔でこたえ、一軒のラーメン店へと入っていくのであった。

(第3話に続く)

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